監物恒夫紹介
神輿思惟・御輿思惟
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神輿解説 第七回 神奈川県茅ヶ崎市今宿 松尾大神  平成30年(2018)7月7日 記

 薫風が頬を撫でる5月の京都。松尾大社は新緑の4月に神幸祭が行われ、21日後の本年5月13日還幸祭があり、神輿6基は本社に帰った。この還幸祭の時、本殿背後の神体山より清々しい風が吹きぬけるが、この風を私は「神風」と思っている。

 還幸祭の6日後、5月19日に関東神輿が松尾大社の参道を舁かれ、松尾大社の渡御と同様に拝殿廻しをした。これは筆者にとって驚きであった。何故ならばこの日が初めてではないのである。平成19(2007)年同じ5月19日にもこの神輿が松尾大社へ来ている。本年松尾大社渡御まで16年の歳月を経過したとの事を発起人さんのN氏よりお伺いした。N氏はまず難問に立ち向かうことになった。神輿を出すとき町内会の総代さんを説得するのは大変と聞きますが、ここではまったく異なる氏子組織である松尾大社側で受けてくれるだろうかという最大の難解である。松尾大社には六社連合会があり、6つの氏子組織がある。組織が大きくなればなるほど話を通すのが大変になる。

 

 N氏は幸運にも松尾大社六社連合会の1つである宗像社のH氏に出会ったことである。この方は松尾大社神幸祭のメインである桂川舟渡しを昭和58(1983)年20年振りに復活させた方である。H氏とN氏が手を結べば共に行動力がある方、鬼に金棒であろう。

平成19年渡御の後、N氏は毎年松尾大社の神幸祭か還幸祭のどちらかに宗像社の一員として参加し、宗像社側も浜降祭に松尾大神の一員として参加した。この交互交流が平成30(2018)年の渡御に繋がった。

 

 今年の渡御でいままで感じなかったが、拝殿廻し3周後神輿が本殿に向いた時、耳元で何か囁かれたような気がした。撮影の手を休めると一瞬松尾大社本殿の上部をいままで神輿に静まっていた松尾大神が松尾山にお帰りになっているようにみえた。そして松尾山より新たに松尾大神がお降りするようにも感じた。これこそが御座替りであると思える。

海岸に近い神社で年毎に水辺付近での潮垢離や遠距離の神社では式年祭として行われる神幸祭も御座替りであると思える。

 

 松尾大神の松尾大社への里帰りも江戸時代の勧請依頼、他では真似のできないでかいことをする人がいることに驚嘆するのみである。

松尾大社赤鳥居前の神輿、松尾大社の鳥居の中で

この鳥居の貫には他では観られない独特のものが

下げられていた。

楼門潜ると清々しい風が頬をかすめる。

神風を感じとれる領域と思える。

拝殿背後には巨石が見え、巨石崇拝が

本来神社信仰の対象であったらしい。

楼門前の神輿

松尾大社宗像社と松尾大神の駕輿丁が

共に神輿を舁つぐ。

こうした交流が本来の姿でもある。

松尾大社よりのお還りの時、御座替りがおこなわれ松尾山から新たな神様が神輿にお乗りになっているように感じた。